誰が最初に和歌を詠んだ?
あらゆるものごと、あらゆるできごと、あらゆる感情。
あらゆる時間、あらゆる空間。
日本人は昔から、それらをたった31文字で表現してきました。
それが和歌(わか、やまとうた)です。
それゆえ、和歌は「三十一文字(みそひともじ)」とも呼ばれています。
悲しい時も、うれしいときも、
私たちの先輩は、その気持ちを和歌で表現してきました。
さて、その和歌なのですが、いったい誰が、最初に詠まれたのでしょうか?
実は、神様といわれています!
その神様の名前は、素戔嗚尊(スサノオノミコト、以下スサノオ)です。
日本の方ならどなたでも、一度は名前の聞いたことのある神様だと思います。
さて、ではどんなときに、
スサノオは、世界で最初の和歌を詠んだのでしょうか?
実は、結婚のときです!
その結婚に至るエピソードを、ここから『古事記』を参考にしながら、お話ししたいと思います。
***
スサノオは、太陽神・天照大御神(アマテラスオオミカミ)を姉に持つ神様でしたが、
なかなかのやんちゃな神様でした。
やんちゃの余り、ついにはある日、
天(高天原/たかまがはら)から追放されてしまい、
地上をさまようこととなってしまいました。
そんな彼ですが、鳥髪山(とりかみやま)という山に降り立ちます。
その山には、美しい娘と、その親である老夫婦がいました。
老夫婦は、その美しい娘を間にして、泣いていました。
何事かとスサノオが尋ねると、
その老夫婦は、
「私たち夫婦には、娘が8人いました。
しかし、毎年巨大なヤマタノオロチという怪物がやって来て、
娘を一人ずつ食べていきました。
今年も、もうすぐヤマタノオロチが来ます。
最後に残ったこの娘も食べられてしまうでしょう。
それが悲しくて、泣いているのです」
と答えました。
老夫婦の名は、
父・足名椎(アシナヅチ)と、母・手名椎(テナヅチ)。
美しい娘の名は、
櫛名田比売(クシナダヒメ)といいました。
これを聞いたスサノオは、
クシナダヒメと結婚させてもらうことを条件に、
老夫婦たちに、ヤマタノオロチの退治を申し出ます。
老夫婦曰く、ヤマタノオロチとは、体ひとつに頭が八つと尾が八つある怪物です。
それを聞いたスサノオは、まずクシナダヒメを守るために、
彼女を櫛に変身させ、その櫛を自分の髪に挿しました。
そして、老夫婦にこのように指図されます。
「濃いお酒を造ってください」
また、このようにも指示されます。
「家の周りに垣を張り巡らしてください。
その垣には、八つの入り口を設けてください。
その八つの入口には、八つの高見台を作って下さい、
その八つの高見台には、八つの桶を置いてください。
その八つの桶には、そのお酒をいっぱい入れておいてください。
そして、ヤマタノオロチが来るのを待つのです」
老夫婦はスサノオのいわれた通りにし、待っていると、
ヤマタノオロチがやって来ました。
ヤマタノオロチは、酒桶を見つけると、
その八つの首を、それぞれの酒桶に突っ込み、
酒を飲み干してしまいます。
するとヤマタノオロチは酔っ払い、眠り込んでしまいました。
その瞬間、スサノオは剣を抜き取り、ヤマタノオロチを切り刻みました。
こうしてスサノオは、ヤマタノオロチの退治に成功し、
晴れてクシナダヒメと結婚することとなったのです。
スサノオは、妻となったクシナダヒメとの新しい住まいとなる宮を建てる場を求め、
雲が湧き起こる国という、出雲(いずも)の國に向かいます。
降り立ったスサノオは、
「ここに来て、私は心が清々(すがすが)しくなった」
と言い、
その場所に、妻と住まう宮を建てることに決めたのです。
スサノオは愛する妻を護り籠らせるために、宮に何重もの垣を作りました。
宮が建てられると、そこには雲が何重にも湧き起こり、立ち昇ったのです。
そのとき、スサノオは歌を詠みました。
「雲が何重にも立ち昇り、私たちの結婚を寿いでいる。
ここは雲が湧き出る、出雲という名の國だ。
それはまるで、何重にも張り巡らされた垣のようである。
私も妻を護り籠らすために、宮に何重もの垣を作った。
ちょうどその、垣を張り巡らした時のようだ。」
***
ここに、世界で最初の和歌が誕生します。
八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を
素戔嗚尊
補足
*スサノオがヤマタノオロチの尾を切っていると、剣の刃が少し欠けてしまいました。
不思議に思ったスサノオは、その尾を切り開いたのですが、なんとそこには大剣が現れたのです。
不思議なことだと思いスサノオはこの大剣を姉であるアマテラスオオミカミに献上しました。
その大剣が、三種の神器のひとつと呼ばれる草薙剣(くさなぎのつるぎ)です。
*スサノオが「ここに来て、私は心が清々しくなった」と言ったことに因み、
この地は須賀(すが)と今も呼ばれています(島根県雲南市大東町須賀)。
ディスカッション
コメント一覧
素戔嗚尊と天叢雲剣については、いろいろと疑問や諸説もあり解釈が別れています。
本来ならヤマタノオロチを倒した剣が凄いと思うのですが、何故かオロチの尾から出た剣が献上されます。
ちなみに、天叢雲剣は伊勢神宮の倭姫から、日本武尊に貸し出され、日本武尊が草原で火を放たれて剣で草を刈って助かった事から草薙の剣と呼ばれるようになりました。
そして、草薙の剣は伊勢神宮へ返されずに、素戔嗚尊が置いて行った熱田の地に残り熱田神宮に祀られます。
その後、草薙の剣はずっと熱田神宮に祀られており天皇家には代わりの剣が草薙の剣として伝わります。
安徳天皇が檀ノ浦で一緒に沈んだ剣は天皇家に伝わる方の剣で、剣は沈んだままでも、また代わりの剣が用意される事になります。
ざっと私の知る範囲でおおざっぱに書きましたが、他にもいろんな話もありますし、いつかいろいろお話出来たら良いですね。
コメントありがとうございます。勉強になります。
そうですね、今ぱっと思いついた仮説としては、
ヤマタノオロチを倒した剣は、
1.使用済み(おそらく血まみれ=ケガレ)であり、
2.しかも刃が欠けていること
それに対してオロチの尾から出た剣は、
1.未使用(少なくとも、使用済みであるという記述はない)であり、
2.戦利品であること
以上の点から、後者の方が献上品としては相応しいと考えられたのではないかと思ったのですが、いかがでしょうか。
いずれにしましても、神話に登場する神々たちの言動の意図を分析していくことは、
日本人の思想の根幹に潜り込んでいくようで、非常に興味深いですね。